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ご意見等 

 母はなぜ亡くなってしまったのでしょうか?
 発熱、炎症反応高値で内科に紹介されてきました。画像で『感染性巨大肝膿瘍』と診断がついたもののドクターから『私はこんな症例は経験がないので外科の先生と共同で診させていただきます』と言われたため、専門の医師のいる大学病院での治療を希望しましたが、かなり不安な状態で約3週間の入院加療となりますと説明を受けました。
 家族みんながネットで病名を検索し、いろんな情報を調べました。その時点で家族は亡くなってしまうとは全く思っていませんでした。
 母はいろんな大きな病気と闘ってきました。その度、家族で協力して母を支えてきましたが、病院に入院しながら家族が不安な毎日を送ったのは初めてです。
 コロナ渦で面会は面会証を持つ身の回りのお世話をする人が1名で15分と言われていました。
 母が心配で毎日、仕事が終わってから夕方面会に訪れました。日に日に状態が悪くなる一方で回復する兆しが見えず、心配で家で過ごす家族も眠れない日々を過ごしました。目が覚めて病院からの電話がないとホッとするほどでした。
 一回目に使用した抗生剤が効かず、あっという間に、胸水が溜まり、腹水でお腹はパンパンに腫れ、足も浮腫んでいました。
 一週間後、外科に転科されましたが、誰が主治医なのかも分からず、主治医からの治療方針の説明もなかったため、家族から要望し説明をお願いしました。
 腹水があるためお腹に針を刺すことは難しいため、お水の量を調整します。炎症反応が高く、アルブミンは消費されて低いため、アルブミン製剤を使います。
 お食事も開始して、アルブミンを上げていきます。と説明され、こんな状態で食事を開始するのか?と疑問に思ったため、その時点でも家族の意向で専門医のいる大学病院での治療を伝えました。
 一週間以上食事をしていませんでしたが、食事開始に『うどん』が提供され、ほとんど食べることはできず、嘔吐するような感じであったため、ドクターにイレウスではないですか?と尋ねると、お水の量を調整しているからだと思いますと言われました。
 約2時間後母は急変し、それからすぐ胃管チューブを挿入されましたが、ドクターからは同意も何の説明もありませんでした。すぐ大学病院への転院をお願いし、手続きしてもらいました。
 4日後予約が取れましたということだったので、やっと転院できると思い家族もホッとしました。
 その間に状態がより悪くなり、変更した抗生剤で薬剤性の肝機能障害が起こり、黄疸も出現してきました。
 でも、転院できると信じていたのですが、転院ではなくデータを送りそれを元に治療方針を決定すると言われ、裏切られた感じになりました。
 言葉足らずですみませんとドクターから言われましたが、その後の検査結果・治療方針の説明がないため、大学からの返事はどうなったのか、看護師さんにお願いし聞いてもらうと、転院先の病院のセキュリティが厳しく電話が通じないとの返事でした。
 2日後、主治医から他の外科のドクターと協議し、専門の医師のいない病院での処置は難しいであろうという結論になりました。と説明があり、大学病院に5日後転院が決定しましたと伝えられた。
 ずっと前から専門医のいる病院は希望していたのに、今更何をいっているのかと不信感が募るばかりでした。
 3回目の抗生剤も効かず、母の状態はますます悪くなっているので、転院までもちますか?と尋ねると大丈夫だと思いますと言われました。
 口の中は白く口腔ケアはどうしてますかと尋ねると、看護師さんはどうしてるんだろう?口腔ケアは歯科に介入しないといけないんですよと言われたため介入をお願いしましたが、介入は家族からの希望でないとできないものなのでしょうか?尿も濃縮してますよね?というとビリルビンが出てるのでしょうとの返事。
 母は肝障害が出現した時点から傾眠傾向でした。その日も検査を提出されていましたが結果の説明はありませんでした。
 それから2日後の深夜に急変し、血圧が低下し心停止。
 深夜病院から電話を受け病院に駆けつけると大勢の職員がいて、主治医がまだ来ていないと説明されました。家族より後に主治医ってどういうことでしょうか?急に血圧が低下することはないと思っています。
 なんらかの兆候は見られていたと思いますが、その後、到着した医師から家族への説明で午前中はお話されていて急変した原因が分かりませんと。一番求めていない説明です。
 お話されていたって何を言ってるの?声もかすれて会話も難しくなっていたし、傾眠傾向だったのに。軽視していたのではないですか?
 心停止し呼吸状態も不安定な状態でしたが少しの希望を持ち転院をお願いしました。
 危険な状態であったため、他の家族も集まりましたが集まった家族にドクターは『こんにちは』と。みんな呆気にとられました。
 『大学病院が受け入れてくれました。でも救急搬送中に再度心停止が起こるかもしれません』と。そんなことはわかっています。今になってなんなの?怒りだけでしたが、それでも家族は少しの望みを持ち続け了承しました。
 HCUから救急車までの移動時に3週間面会していなかった家族は顔がやせ細り、黄疸・目も飛び出てるような感じで、変わり果てた母の姿に驚き精一杯声をかけてあげました。母はうなずいてくれたので、聞こえていたと思います。
 深夜でしたが、この日たくさんの職員の方が集まっていました。それをみて、ハリーコールだったのだと感じました。
 何も知らず集まった職員の方はこんな状態でなぜ転院するのか?疑問に思っていた方も多数いたと思いますが、家族としては精一杯の、ほんの少しの望みに賭け、少しでも母との時間を過ごしたいとの希望でした。
 誰一人声をかける看護師の方はいませんでしたが、HCU前の家族待合室で外来師長さんに声をかけてもらいましたが冷静になれず怒りを抑えきれず思いをぶつけてしまいました。何もご存じないのに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 なんとか救急車で大学病院に到着しましたが、アンビューバックで補助呼吸しながら、付き添いのドクターが、搬送途中で知り合いの看護師さんを見つけたのでしょうね。その看護師さんに母を搬送しながら手を振るような合図をされました。
 後ろから見ている家族はもう呆れと苛立ちで搬送されている母がかわいそうで、最後の最後まで情けなく言葉もありませんでした。教育以前のことです。
 病院のホームページに患者本位の病院、高度で良質な医療を目指す病院と書かれています。残念です。
 入院中患者・家族は弱い立場にあり、医師を信頼してお願いするしかないのです。
 回復に向けたいろんな選択肢を提供することもあったのではないでしょうか?一生懸命に患者さんのことを考え尽力されている先生方もいらっしゃると思いますが、今回は本当に情けなく家族には何も伝わってはきませんでした。
 看護においても病棟に訪れてもパソコンで作業している看護師さん誰からも声をかけてもらえず,どういう状況なのかの報告もありませんでした。
 まず担当の看護師さえ分かりませんでした。どのくらいの間隔で体を拭いてもらっていたのかも分かりませんが、1週間洗濯物が一切なく、点滴していた場所に貼ってあったテープの痕も何か所も汚れがついたままで、看護師さんにどうしていますか?と尋ねると、剥離剤を2枚渡されました。
 家族がしないといけなかったのですね。せめて、すぐ行きます。とか一緒に拭きますとかの言葉があっても良かったのではないですか?
 唇の皮は剥けているのにそのまま。鼻腔カニューレの汚れもそのまま。口の中は白くなり、歯にもたくさんの付着物がありケアされているようには見えませんでした。
 施設に入所し口腔ケアをしてもらっていた経験からスポンジを準備していましたが使われていたのかどうか、ずっと同じものが置いてありました。
 お茶を飲ませようとしても、ものすごく熱いお茶がコップに入っている状態で、水道の水は飲めるか聞くと大丈夫ですと言われました。
 他の病院で免疫力の低下している人は水道水を飲ませてない記憶があったため心配になり結局は冷やしてお茶を飲ませましたが本当に水道水で大丈夫なのでしょうか?処置したあとに使われていたであろう手袋もお茶の入ったコップの横に置かれたままで、その上に記入簿が置かれていました。
 面会時、入り口に新型コロナウイルスの対策で手指消毒をと書かれていますが職員の対策はどうなんでしょうか?
 身の回りのお世話をする家族が1名で面会証には名前もかいてあるので、せめて担当の看護師さんでもスタッフの方から今日はどういう感じであったとか一言でもお声かけあると、短い時間の面会でも安心できたのではないかと感じました。
 もしかしたら、一生懸命看護されていたのかもしれません。忙しく、手が回らなく処置される前に家族が気になったのかもしれません。
 でも、もっと気になることは多々ありましたが、いろいろ言ってしまうとうるさい家族と思われ、母に迷惑かけるといけないため、入院中は黙っていました。 
 患者・家族は弱い立場になります。転院先の病院で清拭しましたが、体にはテープの汚れ痕が多数残り、褥瘡も・・・褥瘡に気づかれていた方はいたでしょうか?
 ADLの低下した患者には仕方のないことだったのでしょうか?痔から出血で背中まで汚れていました。手をお湯で洗うと手の皮が全部剥けました。
 亡くなったあとも2日間鼻から出血が止まりませんでした。93歳の祖母(母親)が枕元で出血のティッシュを入れ替える姿を想像してください。最後に会話もできず、遺影の前で涙を流すパーキンソン病の父を想像してください。
 母がこのような形で戻ってくると思っていない家族は面会もできず、最期に話もすることもできず、辛い毎日を送っています。
 家族・親族はどこに怒りをぶつけていいのかもわかりません。でも、何を言っても母はもう戻ってきません。
 このような状況を他のご家族の方には感じてほしくないため、いろんな方に相談し、ずっと考え悩みましたが意見させていただきました。
 しっかり看護されている病棟・看護師さんも多数いらっしゃると思います。母の死を無駄にしてほしくないです。すこしでも一歩でも病院が良い方向に改善していただけたらと願うばかりです。

当院の対応

 

【大学病院医師との連携強化について】
 今回、お母様を救命することができずに誠に残念に思います。
 また、主治医や看護師等の対応に関し、ご期待に沿うことができなかったことに対しまして申し訳ございませんでした。
 投書を受けまして、医師側として大学担当医、主治医、上級医、責任科長医等が協議し、今後二度とこのようなことが起こらないようにお互いに密にコミュニケーションを取り、患者様及び御家族の要望に応えられるような医療の提供に努めていくことを徹底するよう再確認致しました。
 具体的には当院へ大学外科医師に定期的に来て頂く、あるいは当院外科医師が大学病院へ出向く形での定期的な症例検討会を開催し、お互いのコミュニケーションを深めるとともにスキルアップを図る努力をすることにしました。お母様の死を真摯に受けとめ、今後もできるところから改善に努める所存です。

【ご家族への病状等の説明について】
 毎週木曜日の外科の総回診等の機会を活用し主治医・看護スタッフ等でカンファレンスの時間を設け、患者様の情報を共有するとともに必要に応じて主治医からご家族への説明を行って参ります。
 なお、院内感染防止のため全面的に面会禁止としていることから、電話も活用しながら医師からご家族へ症状や治療等の説明を行うよう取り組んで参ります。

【看護師からご家族への声かけについて】
 当院がお願いしている15分の制限を守っていただいた中での面会であり、どれほどご不安であったかとスタッフ一同、胸が詰まる思いです。
 看護師が引継・交代を行う夕方は、日勤帯のスタッフはパソコンに集中し、準夜帯のスタッフは誤嚥防止のため夕食の介助に集中していたこと等から、担当看護師はお声をかけようとしていたものの、何度もタイミングを逃してしまい申し訳ありませんでした。

【感染対策の徹底等について】
 職員は処置前・処置後のアルコール手指消毒の徹底やベッド周囲の環境整備に努めていますが、病室内、特にお茶の近くに手袋が残されていたことについては申し訳ありませんでした。
 改めて環境整備の徹底に努めて参ります。

【水道水の飲用、お茶の温度について】
 病院として水道水は飲用として使用することが許可されています。
 お茶の温度調整は検討中ですので、お時間を頂きたいと思います。

【口腔ケアについて】
 看護師は歯ブラシ・スポンジを使用して、毎日の口腔ケアを実施していますが、舌苔や口腔内の乾燥があると記録されており十分にケアできなかったことを反省しています。
 なお、歯科口腔外科への介入依頼はスタッフの判断で行っており、看護師から歯科口腔外科へケアを依頼しています。
 今回のご指摘を受け、改めて口腔ケアを徹底するとともに、歯科口腔外科への介入依頼を適時・適切に行って参ります。

【褥瘡について】
 入院時から体圧分散マットを使用し、背中の痛みや喀痰のため時間毎に体位を調整し、毎日の陰部洗浄の際に陰部や臀部の皮膚の観察を行っています。
 転院前日の記録には「仙骨部、白色のかび様になっており、主治医に軟膏依頼する。」「処方あり、プロペト塗布する」との記載があり、毎日の皮膚の観察の結果、褥瘡はありませんでした。

【お体の清拭について】
 清拭は週2回、陰部洗浄は毎日、計画・実施しています。テープの跡も剥離剤を使って取り除くようにしていますが、ご指摘のとおり、テープ跡が残っていたことは申し訳ありませんでした。
 洗面の難しい患者様には、朝・夕におしぼりタオルをお配りし、ご自分で拭くことの難しい患者様には、お拭きするようにしております。手浴・足浴も適宜行っておりますが、今後は、細やかにケアの継続できるようルール作りを行いました。
 本来は、ご家族からの指摘があった時点で当院スタッフが速やかに剥離剤を持って対応すべきでした。言葉で訴えることが少ない患者様にはより注意深くケアを計画できるよう努め、心温かな医療・質の高い看護の提供に努めて参ります。